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天空に輝くゼニス(腕時計のゼニス)は、ゼニスの歩んできた道を紹介します。

エルプリメロ

テンプの振動数

エルプリメロ 写真

エルプリメロの精度の秘密はテンプの振動数にあります。 一般的な他社製品では1秒間にせいぜい8振動するのに比べて、 エルプリメロのキャリバー振動数は10振動です。 このキャリバーの開発は数多くの職人による技術革新を伴って実現されました。 ゼニスで作られる時計は全てゼニスの自社ムーブメントを搭載しており、 その技術には長期的安定性を確保するドライ潤滑システム、 より多くのエネルギーを必要とする高振動数に応えるよう改良された パワーリザーブなどがあります。 このような厳密なアプローチを堂々と主張できるのは、世界でも ごくわずかな時計メーカーしかありません。

ゼニスの時計を選ぶということは、ル・ロックルにあるゼニスの マニュファクチュールで一貫して製造された時計を所有するということです。 ゼニスはこの技術的快挙を成し遂げたムーブメントに、スペイン語の エル・プロメロという名前をつけました。 「最初」を表すこの言葉は、「最高」や「最速」といった多様な意味も 含んでいます。 誕生以来40年以上に渡り、エルプリメロ搭載の腕時計がブランドの代名詞 となり、ゼニスコレクションの核を担い続けることになります。



エルプリメロの危機

ひとつのエルプリメロムーブメントの製造には9ヶ月の作業期間に、 20人の時計職人による5,500の作業工程、 文字盤側で50の切削加工、ブリッジ側で77の切削加工、 1つの構成部品あたり5〜50の工程、クラシックバージョンで18種類の 金属を使用と、とても多くの複雑な作業工程を必要とします。 しかしそんなエルプリメロの物語は1975年、クォーツショックを 受けて一旦終わってしまいます。

それまでの4年間ゼニスのオーナーであったアメリカ企業、 ゼニス・ラジオ・コーポレーションが、機械式時計の製造をやめて、 クォーツ時計に切り替えることを決定したのです。 この決定により同社は機械式時計の製造に関する機械、キャリバー、 工具について廃棄物として値段交渉しようとしていました。 そこで時計職人のひとり、シャルル・ベルモがオーナーであるアメリカ本社 にその決定を考え直すよう説得を試みましたが、結局失敗に終わります。 決定どおりに命令が実行されることになると、エルプリメロの製造に必要な トン単位の金属が100年の伝統と共に、スクラップ同然の金額で 入札者に売り渡されようとしていました。



シャルル・ベルモ

時計職人のシャルル・ベルモは、自分の製造設備が無残に壊されていくのを 見ることに耐えられませんでした。 そこで自分の職を失う覚悟で、エルプリメロの製造に重要な工具や構成部品を、 会社には内緒で隠し始めたのです。 几帳面な性格の彼は、カムや切削工具、プレス機などの機械にラベルを付け、 リストを作成して分類し、生産の全工程をノートに記録して保存しました。 これで将来機械式ムーブメントの人気が再びやってきても、 エル・プリメロは復活することができるわけです。

そして実際に9年後、意外とはやくその日はやって来たのです。 シャルル・ベルモのこのような行動がなければ、エル・プリメロのブランド 存続は危うくなっていたでしょう。 当時のプレス機1台の値段は4万スイスフラン以上で、 エルプリメロの製造には150台以上のプレス機が必要でした。 それだけでも計600万スイスフランの設備投資が必要になります。 しかし保存しておいた設備が戻ってきたことで、財政的、技術的な再投資の 問題を解決することができたのです。 その後ゼニスはムーブメント納品メーカーとしても注目されるようになり、 順調な注文によってマニュファクチュールに新たな息吹が吹き込まれたのです。



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