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天空に輝くゼニス(腕時計のゼニス)は、ゼニスの歩んできた道を紹介します。

マニュファクチュール・ゼニス

ゼニスを支えている80の職種

マニュファクチュール・ゼニス 写真

ゼニスの時計をひとつ作るのに9ヶ月かかります。 80もの職種に携わる技術者が9ヶ月の間に、その才能とノウハウを 時計とその構成部品に注ぎ込んでいくことでゼニスの腕時計は完成するのです。 職種は小型化や計時機能にかかわる技術的職業だけでなく、 さまざまな形状や装飾、ゴールドやスチール、宝石などの素材を扱う 芸術的分野にも及びます。 技術的職業にもロジスティクスからプロトタイプの製造、科学工学まで幅広く、 ドライ潤滑システムの設計・開発をする研究者などがおり、 これらの技術者全てが多大な才能、専門知識、情熱の塊となって、 ひとつ屋根の下に結束してゼニスの腕時計を作っているのです。

ほんの一例を挙げるだけでも、計測担当者、供給管理担当者、工具製作者、 品質管理者、生産管理者、ムーブメントのロジスティクス調整者、製図技師、 ケーシング専門家、プレス作業者、プロトタイプ製造・時計職人、材料担当者、 高級時計専門職人、時計修理工、製造オペレータ、装飾担当者、研磨職人、 洗浄担当者、プロトタイプ製造者などがいます。



ゼニスの創業

ゼニス(ZENITH)は1865年、創始者のジョルジョ・ファーブル・ジャコ によってスイスのル・ロックルで創業されました。 創業当初から他社にムーブメントを提供しているマニュファクチュールです。 高性能の時計を誰もが求めやすい価格で提供する事を理想としていた 創始者のジョルジョ・ファーブル・ジャコ氏は、創業からわずか10年で ゼニスをル・ロックルの象徴となる大工場へと発展させました。 近代的な製造システムを導入して低価格な高品質時計を量産したゼニスは、 創業から10年で1,000人を雇用する大工場へと発展しました。 当時のル・ロックルでは成年労働者の3人に1人がゼニスで働いていたと いうことです。 ル・ロックルというスイスの町は、ゼニスのマニュファクチュールによって 発展したといっても過言ではないでしょう。

現在のゼニスのマニュファクチュールも、創立者が最初に工房を築いた 場所に位置しています。 これは時計業界では非常に稀な例でしょう。 ゼニスの時計はやがて国内外の博覧会で受賞したり、天文台コンクールで 1,500もの賞を受賞をしてその名声を確立します。


職人の集結

ゼニスの創始者ジョルジョ・ファーブル・ジャコ氏は先見の明のある 時計職人で、その時代で最も正確で信頼性の高い時計をつくることに 全力を注いでいました。 そのためには時計の製造方法を根本から覆えすことが必要だと彼は考えました。 それまで腕時計の製造に携わる職人たちはそれぞれ離れた工房で仕事をしており、 お互いの結び付きは薄く連携が生まれるということはありませんでした。 そのような状況ではすべてのパーツが互いに作用し合う、腕時計のような 複雑なメカニズムの進歩を促すことはとても困難だと考えられます。 そこでジョルジョ・ファーブル・ジャコ氏は広々とした明るい建物を建設し、 時計製造のあらゆる職種の職人を集結しました。 こうすることで腕時計のメカニズムを構成するすべての部品と、 完成したメカニズムについての点検が連携をとって行えるようになったのです。 さまざまな職種が同じ屋根の下で力を発揮し合ったことが、技術開発と 製造工程の向上に大きく貢献しました。

その成果はすぐに現れ、スイスのル・ロックルから世界各国へ向けて 出荷される時計は、最高の精度と信頼性を誇るものとなりました。



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